SHIELDOSE-2 近似モデルの内部ロジック
現在のシミュレーター(SHIELDOSE-2近似モデル)の内部で、実際にどのような数式が動いているのか、具体的な計算ロジックを詳しく解説します。
このアプリでは、複雑なモンテカルロ・シミュレーション(粒子を一つ一つ飛ばす計算)の代わりに、「放射線の種類ごとに異なる指数減衰関数(Exponential Decay)」を組み合わせることで、SPENVISと同等のDose-Depth(線量-深さ)曲線を再現しています。
大きく分けて「1. 面密度の計算」と「2. 成分ごとの減衰計算」の2ステップで構成されています。
1. 基準となる「面密度(Areal Density)」の計算
放射線の遮蔽能力は、単なる厚み(mm)ではなく、材質の密度を含めた面密度(g/cm²)で決まります。
アプリ内ではまず、入力された厚みと材質から面密度を計算します。
面密度 (g/cm²) = 密度 (g/cm³) × 厚み (cm)
2. 成分ごとの減衰モデル(数式)
宇宙放射線は性質が全く異なる成分の集まりであるため、アプリ内では以下の4つの成分に分けて別々に減衰計算を行い、最後に合算しています。
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① 銀河宇宙線 (GCR)
非常にエネルギーが高く、分厚いシールドでもほとんど減衰しません。
計算式: DoseGCR = 初期値 × exp(-0.01 × 面密度)
解説: 減衰係数を 0.01 という非常に小さな値に設定しており、シールドを20mmにしてもほとんど値が下がらない(貫通してくる)特性を再現しています。
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② 陽子 (SPE および トラップ陽子)
陽子の遮蔽能力は「原子番号(Z)が小さいほど高い(=水素を多く含むポリエチレンなどが有利)」という物理特性があります。これを再現するため、基準となるアルミ(Z=13)からの比率を用いて減衰係数 μp を計算しています。
減衰係数 μp = 1.2 × √(13 / Z)
SPE計算式: DoseSPE = 初期値 × exp(-μp × 面密度)
トラップ陽子計算式: DoseTrapped_P = 初期値 × exp(-(μp × 1.5) × 面密度)
解説: トラップ陽子(ヴァン・アレン帯)はSPE(太陽フレア)よりも平均エネルギーが低いため、減衰係数を1.5倍にして「より浅いシールドでストップしやすい」ように調整しています。
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③ トラップ電子 (Trapped Electron)
電子は物質にぶつかると急激にエネルギーを失い、数mmのアルミで完全にストップします。
計算式: DoseElectron = 初期値 × exp(-6.0 × 面密度)
解説: 減衰係数を 6.0 と非常に大きく設定しています。これにより、MEOやGEOの表面で数百万Radという致死的な電子が飛んでいても、アルミ2〜3mm(面密度約0.5〜0.8)でほぼゼロまで急減衰する、SPENVIS特有の「崖のようなグラフ」を作っています。
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④ 制動放射 (Bremsstrahlung / 二次ガンマ線)
ここがこのアプリの最も重要な工夫点です。ストップした電子のエネルギーの一部は、貫通力の高いX線・ガンマ線に変換されます。この発生効率は、材質の原子番号(Z)に比例します。
発生効率 = 0.0001 × (Z / 13) (※アルミの時に電子の0.01%がガンマ線に変わると近似)
計算式: DoseBrems = (電子の初期値 × 発生効率) × exp(-0.02 × 面密度)
解説: 銅(Z=29)のような重い金属を使うと、この発生効率が跳ね上がります。また、発生したガンマ線はGCRに近い貫通力(減衰係数 0.02)を持つため、グラフ上で「電子が急減衰した後に、平坦に残り続ける線量(テイル)」として現れます。
(補足)地球低軌道 (LEO) の初期値について
LEOの計算では、入力された「高度(H)」と「傾斜角(I)」から、ヴァン・アレン帯の影響を数式で近似しています。
陽子(SAA: 南大西洋異常帯の近似): 2.0 × exp((H - 300) / 150) × sin(I)
電子(極域の近似): 20.0 × exp((H - 300) / 150) × (I / 90)
高度が300kmを超えると指数関数的に被ばく量が増え、また傾斜角の三角関数によって極軌道やSAA通過時の振る舞いをシミュレートしています。
3. 環境モデル(地磁気バリアと深宇宙環境)
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地球周回軌道 (LEO, MEO, GEO):
主に地球磁場(地磁気バリア)とそれに捕獲された放射線帯のモデルに基づいています。NASAのAP-8/AE-8モデル等の挙動を近似しています。高度300kmを超えるとSAA(南大西洋異常帯)の影響により被ばく量が指数関数的に増加する式を用いています。
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月トランスファー軌道 / 月面:
地球の磁気バリアの外に出るため、地球周回モデルは使用せず、深宇宙モデルで定義される銀河宇宙線とSPEのフラックスをベースとしています。月面では「月自体」が下半球を物理的に100%遮蔽するため、深宇宙の半分のフラックスとなります。
4. 補足:計算のベースとなる公式ツールと放射線源
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SPENVIS (Space Environment Information System):
欧州宇宙機関 (ESA) が提供する、宇宙環境とその宇宙機への影響をモデリングするためのWebベースの標準的なソフトウェアシステムです。実際の人工衛星設計ではこのツールを用いた厳密な解析が行われます。SPENVIS公式サイト
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SHIELDOSE-2:
米国国立標準技術研究所 (NIST) によって開発された、宇宙空間の電子・陽子環境における吸収線量を計算するための標準的なコンピュータコードです。SPENVISの内部でも主要な線量計算エンジンとして使用されています。SHIELDOSE-2 (NASA CCMC)
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放射線量の源泉:
本アプリの基礎となる放射線は主に3種類です。太陽系外から飛来する高エネルギー粒子である銀河宇宙線 (GCR)、太陽フレア等に伴う太陽粒子イベント (SPE)、そして地球磁場に捕捉された電子や陽子からなるトラップ粒子 (ヴァン・アレン帯)です。これらはNASAや各国の研究機関が長年観測・構築してきた環境モデル(AP-8/AE-8やAP-9/AE-9など)をベースに評価されます。NASA CCMC (モデル・データベース)